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東京高等裁判所 昭和62年(ラ)349号 決定

抗告人 渡邊孝雄

右代理人弁護士 中澤裕子

柴田浩子

右抗告人から東京地方裁判所八王子支部昭和六一年(ケ)第一五一号不動産競売事件について同裁判所が昭和六二年四月一四日言い渡した売却許可決定に対し執行抗告の申立てがあったので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件抗告を却下する。

理由

一、本件抗告の趣旨及び理由は別紙のとおりである。

二、記録によれば、原裁判所が本件売却許可決定を言い渡したのは昭和六二年四月一四日であり、抗告代理人が右決定に対する抗告状を当裁判所に提出したのは、執行抗告期間である一週間の不変期間を経過した後である同月三〇日であることが認められる。

三、そこで、本件抗告の追完が認められるかどうかについて検討するに、記録によれば、次の事実が認められる。

1. 原裁判所は、昭和六一年三月一八日、債権者青梅信用金庫の申立てに基づき、抗告人を債務者として、菊地文雄所有名義の三筆の土地(以下「本件土地」という。)について不動産競売開始決定をしたこと、

2. 原裁判所の命を受けた評価人畠山彪は、昭和六一年八月三〇日、本件土地の価額を合計四〇五〇万円(本件土地1が三〇二万円、同2が一五二八万円、同3が二二二〇万円)とする評価書を提出したが、その際、同評価人は、本件土地2、3上に存する菊地文雄所有名義の件外建物は、登記簿の記載からみて同土地に本件抵当権が設定された時には未だ建築されていなかったとして、右建物についての法定地上権が成立しないとの前提で同土地の評価をしたこと、

3. 原裁判所は、昭和六一年九月一日、本件土地2、3を最低売却価額三七四八万円で一括売却する、売却の方法は期間入札とし、入札期間は昭和六二年三月二四日午前一〇時から同月三一日午後五時まで、開札期日は同年四月七日午前一〇時、売却決定期日は同年四月一四日午後一時とする旨の売却実施命令を出し、その旨適式に公告し、かつ、抗告人ら利害関係人に通知したこと、

4. これに対し抗告人は、本件抗告代理人に委任して、昭和六二年二月二三日、本件土地2、3については前記の件外建物のために法定地上権が成立するものであり、原裁判所の最低売却価額の決定には、評価の前提となる事実の認定を誤った違法があるとして、右最低売却価額の決定に対して原裁判所に執行異議の申立て(同裁判所昭和六二年(ヲ)第一四七号)をしたところ、翌二四日、原裁判所は、右執行異議の申立てに伴う仮の処分として右の申立てに対する裁判があるまで本件競売手続を停止するとの決定をし、その旨を即日抗告代理人に口頭で伝えるとともに、同年三月一七日右決定正本を抗告代理人に送達したこと(もっとも、右決定正本には当事者目録と物件目録が添付されていなかったが、事件番号等により事件の特定は可能であり、同年四月二八日右目録を補正する更正決定がなされ、右決定正本は同月三〇日抗告代理人に送達された。)、

5. ところが、右の仮の処分としての執行停止決定の正本が原裁判所の本件競売事件の担当係に提出されず、また、右執行停止決定がなされた旨の事実上の連絡も同係になかったので、同係では右執行停止決定がなされたことを知らないまま手続を進め、前記売却実施命令どおりに昭和六二年三月四日本件土地2、3について期間入札の公告を行ったうえ、同月二四日から同月三一日まで期間入札を行い、同年四月七日開札したところ、最高価買受人は六八二〇万円で入札した有限会社新甲商事であったので、原裁判所は、同月一四日の売却決定期日において同会社に右の土地を六八二〇万円で売却することを許可する旨の本件売却許可決定をしたこと、

6. 一方、本件抗告代理人は、右の執行停止決定がなされたことにより執行手続は停止されたものと考えていたが、昭和六二年四月二八日に至ってはじめて本件売却許可決定のなされたことを知り、同月三〇日本件抗告に及んだこと、以上のとおり認められる。右の認定事実によれば、原裁判所においては、執行異議の申立てに伴う仮の処分としての執行停止決定がなされたにもかかわらず、本件競売事件担当係がこれを知らないまま爾後の競売手続を進行させ、本件売却許可決定をするに至ったものであり、これに対して、抗告代理人は、執行停止決定があればその決定正本を原裁判所に提出しなくとも競売手続が当然に停止され、売却が実行されることはないものと考えていたため、執行抗告期間を経過する後まで本件売却許可決定がなされていることを知らなかったものである。

ところで、訴訟行為の追完が認められるためには、不変期間を遵守しなかったことが当事者の責に帰すべからざる事由によるものであることを要するところ、民事執行法の下において、執行異議の申立てに伴う仮の処分としての執行停止決定がなされた場合、執行裁判所として、右異議申立人からその停止決定正本の提出があったときにはじめて爾後の競売手続を停止すべきであるのか(民事執行法一八三条一項五号参照)、それとも、右停止決定正本の提出がなくとも職権で当然に競売手続を停止すべきであるのかについては、実務上一定した取扱いが確立されておらず、実際には異議申立人から右執行停止決定正本を提出させたうえで競売手続を停止する扱いをしている例が少なからずあることは顕著である(原裁判所の取扱いもこのようなものであったことは当裁判所の照会に対する原裁判所の回答書によって明らかである。)。また、公刊されている主要な文献においても、右の問題について前者の解釈を唱えるものがみられ、学説上見解の帰一した状況ではなかった。このような問題点については、抗告代理人も弁護士としてこれを知りうべきところであり、仮に抗告代理人の法的見解としては、執行停止決定がなされればその決定正本を改めて提出しなくとも当然に競売手続が停止されるものと考えたとしても、原裁判所の取扱いが果たしてそのようになっているかどうかを確認し、或いは予め通知を受けていた売却実施命令どおりの競売手続が現実に進行していないかどうかについても注意を払うべきであり、殊に売却許可決定が債務者らに送達されず、それに対する執行抗告期間が言渡の日から一週間と制限されている現行法の下では、売却許可決定の言渡の有無ということについては相当の関心を払って然るべきものであると考えられる。

しかるに、前認定の事実によれば、原裁判所は、執行停止決定があったにもかかわらずこれを知らずに本件競売手続を進めたものであって、その措置に問題の余地がないではないけれども、他方、抗告代理人としても、執行停止決定を得ればそれだけで当然に爾後の競売手続が停止され、売却が実行されることはないものと考えていたというのであり、それ以上に進んで右に述べたような注意や関心を払った形跡は本件記録上認めることができない。ひっきょう、抗告代理人は、爾後の執行手続が進行するかも知れないということについて意を用いていなかったため、本件売却許可決定のなされたことを知らず、抗告申立ての不変期間を徒過するに至ったものといわざるを得ないのであるから、本件においては不変期間の不遵守について抗告人の責めに帰すべからざる事由があったとは認め難い。

抗告代理人が当裁判所に提出した追完書と題する書面及び上申書には、前記の執行停止決定により競売手続は完全に停止した旨を原裁判所から言われた旨或いは抗告代理人が執行異議の申立てをし、異議事件の担当裁判官と面接した際、同裁判官から、執行停止決定により競売手続は完全に停止したので抗告人として他にしなければならない手続はない旨言われた旨の記載があるが、他にこれを裏付けるに足りる資料のない本件においては、右のような趣旨の発言が原裁判所からなされたものとはたやすく認めることができないものというべきである。他に以上の認定判断を動かし、前記不変期間の不遵守について抗告人の責めに帰すべからざる事由があったことを認めるに足りる資料はない。

したがって、本件抗告の追完は許されないものというべきである。

四、以上によれば、本件抗告は不適法であるからこれを却下することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 佐藤繁 裁判官 鈴木敏之 滝澤孝臣)

〈以下省略〉

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